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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和53年(ラ)5号 決定

抗告人 都留晃

相手方 国

代理人 甲斐津代志 黒木幸敏 黒木憲三 ほか一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙に記載したとおりである。

(当裁判所の判断)

一  刑事訴訟法四七条にいう「訴訟に関する書類」の中に不起訴記録の含まれることはいうまでもなく、また、右関係書類は、公判の開廷前には公開を禁止されているけれども、同条ただし書が設けられていることからも、右禁止が絶対的なものでないことは抗告人主張のとおりである。

しかしながら、民事訴訟法における文書提出義務は、裁判所に対する公法上の義務であるが、証人義務のような一般的義務ではなく限定的であり、かつ、民事訴訟法三一二条三号の文書については、証人尋問に関する同法二七二条の準用があるものと解されるところ、当該文書を公表することが公務員等に課せられた守密義務に反することになるかどうかは、最終的には司法判断に服すべき事柄であるが、刑事訴訟法四七条本文の規定によると、公判開廷前の「訴訟に関する書類」につき法律でその公開を禁止しているのであるから、右書類の所持者は、その限度で文書提出義務を免れるものと解するのが相当である。もつとも、刑事訴訟法四七条ただし書は、公益の必要その他の事由があつて相当と認められるときにはこれを公開することがある旨を規定しているが、右の相当性の判断は、文書の保管者たる検察官等に委ねられているものと思料されるので、民事訴訟における当事者が右関係書類を利用しようとする場合には、民事訴訟法三一九条に定める文書送付の嘱託により、文書の所持者に対し任意に裁判所へ提出することを求めるほかないものと解される。

抗告人は、本件で提出を求める不起訴記録は交通事故の捜査書類であるから、これが公開されることによつて関係人の名誉を毀損し、ないしは公序良俗に反するおそれはなく、また、本件交通事故について公訴時効も既に完成しており、裁判に対する不当な影響を引き起こすおそれもないので、刑事訴訟法四七条本文の意図する公開禁止の目的は本件についてはもはや考慮に値しないというが、刑事事件につき公訴時効が完成し公訴が提起されることがなくなつたからといつて、右事件の捜査関係書類が同法四七条本文に規定する「訴訟に関する書類」に該当しなくなり公開の禁止が全面的に解かれるわけのものではなく、右の事情は、同条但書の相当性の判断に影響を及ぼすことがあるに過ぎないものというべきである。したがつて、抗告人の右主張は理由がない。

つぎに、抗告人は、民事訴訟法三一二条は刑事訴訟法四七条の特別規定であるから、同条但書の相当性の判断は、文書提出によつて得られる事実発見の利益と文書提出命令によつて失われる個人、団体の秘密や公共の利益との比較衡量によつて決せられるきべところ、右の判断は提出命令を発する裁判所がこれをなすべきである旨主張するが、前記のとおり何が守秘義務の対象となる事項であるかは裁判所の判断すべき問題であるが、刑事訴訟法四七条本文は、公判開廷前の「訴訟に関する書類」につき法律により所持者にその公開の禁止を義務付けたものであるから、その限において右書類の開示の可否につき裁判所の裁量的判断を差しはさむ余地がない。さらに、同条但書の開示の相当性は、右文書の保管者において開示の目的、必要性、該弊害の有無、程度等を考量して、合理的裁量により決定されるべきものと解されるから、結局、相手方は、抗告人が提出を求める本件各文書につき提出義務を負うものではないといわねばならない。したがつて、抗告人の前記主張も採用することができない。

二  抗告人が本件申立てにより相手方から提出を求める文書は、抗告人を被疑者とする本件交通事故の捜査関係書類である。抗告人は、右捜査関係書類は民事訴訟三一二条三号の文書に該当するので、相手方に文書の提出義務がある旨主張する。

民事訴訟法三一二条三号前段に規定する「挙証者の利益のために作成された文書」とは、直接挙証者のために作成されたものであると、その利益が挙証者にとつて間接的であるとを問わないし、また「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付き作成された文書」とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書だけではなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書であればよいと解されるが、文書提出義務は証人義務と異なり民事訴訟法三一二条に定めるとおり提出を強要しうる文書の範囲は限定的であり、かつ不提出の効果として当事者の場合には、裁判所は文書に関する相手方の主張を真実と認めることができるものとされ、第三者の場合には過料の制裁が科せられるのであるから、前記挙証者にとつて間接的な利益とか当該法律関係に関係のある事項の記載といつても、文書提出義務の右趣旨に照らしおのずから限界が存するのであつて、従来、所持者が自己使用のために作成した文書については提出義務がないとするのもその一例にほかならない。

しかして、捜査関係は、刑事事件につき公訴の提起、遂行の準備として、犯人の発見と証拠の収集を内容とする捜査機関の活動であつて、そこにおいて作成される捜査関係書類は、刑罰権の主体としての国が犯人に対する公訴の提起、遂行のため必要な事項を把握し、これを証拠として保存しておくことを目的として作成されたものである。他方、抗告人と相手方との間の本件訴えの内容をなす法律関係は、相手方国が通勤途上交通事故により死亡した国家公務員の遺族に対し、国家公務員災害補償法一五条により遺族補償金を支給したので、同法六条一項に基づき遺族が抗告人に対して有する損害賠償請求権を代位行使するという関係である。このように社会的事実としては、ひとしくひとつの交通事故に起因する法律関係であり、かつ、いずれの関係においても国が一方の当事者であるとはいえ、捜査関係書類は、経済主体としての相手方国が損害賠償の請求をなすために作成されたものでないことは明らかであり、両者の法律関係は全く性質を異にし、文書作成の動機、目的も彼我画然と区別されるところである。もつとも、訴えの内容が違法な捜査を理由として国に対し損害の賠償を求めるような場合や国や国家公務員災害補償法により遺族に補償金を支給する手続において、当該捜査関係書類を参考資料とした場合には、当該捜査関係書類が民事訴訟法三一二条に定める文書に該当するものと解する余地もないではないが、いわゆる不起訴記録は、刑事訴訟法四七条により検察庁では他の行政機関に対しても開示されないことを原則とし、本件においても国が前記遺族補償金を支給する手続の中で右捜査関係記録を参考資料とした形跡は、本件一件記録によるもこれを認めることができない。そしてまた、刑事件において不起訴となり、当該捜査関係書類の中に挙証者の利益となる事項の記載が含まれていたとしても、捜査関係書類を作成する本件の動機、目的には何らかわりはない。このようにして、相手方国と抗告人との交通事故による損害賠償請求権の代位行使という法律関係を前提として考えるとき、右交通事故に関する捜査関係記録は、民事訴訟法三一二条三号前段の「挙証者の利益のために作成された文書」といえないし、また同条三号後段の「挙証者と所持人との間の法律関係に付き作成された文書」にもあたらないというべきである。

三  そうすると、抗告人の本件文書提出命令の申立ては、相手方において提出義務を負う場合ではないから、これを認容するに由なく、右申立てを却下した原決定は相当である。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のように決定する。

(裁判官 館忠彦 松信尚章 西川賢二)

別紙

一 抗告の趣旨

1 原決定を取消す。

2 相手方は、抗告人を被疑者とする業務上過失致死被疑事件不起訴記録中の、〈1〉実況見分調書およびその付属写真、〈2〉捜査報告書、〈3〉志田はるみの供述調書、〈4〉花田秀生の供述調書、〈5〉抗告人の供述調書、その他右事件につき作成された供述調書

を提出せよ。

3 抗告費用は相手方の負担とする。

との裁判を求める。

二 抗告の理由

(一) 原決定は、文書提出命令には民訴第二七二条の準用があり、抗告人が提出を求めている文書は、刑訴第四七条が公開を禁じている文書であつて、しかも、同条但書に言う「相当」か否かは文書保管者が決定するものであるから、相手方は文書提出義務を負わない、と言うのである。

(二) しかし、この原決定は次のとおり不当なものである。

1 刑訴第四七条は、公判開廷前の書類の公開を禁じているところではあるが、絶対的な禁止でないことは、同条に但書が設けられていることからも明らかである。

そこで、同条本文が公開を禁止した趣旨をたずねるに、「本条本文は……訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、または裁判に対する不当な影響を引き起すことを防止するための規定である」とするのが支配的見解であり(例えば、小野ら、ポケット注釈刑訴法)、判例(最判昭二八・七・一八刑集七、七、一五四七)である。

本件において提出を求める文書は、交通事故の捜査書類であり、それが提出されることによつて関係人の名誉毀損、公序良俗の侵害を惹起するおそれのないことは、今日までの訴訟経過に照らして明らかである。次に裁判(勿論刑事裁判であることは言うまでもない)に対する不当な影響を引き起すおそれもないことは、すでに右交通事故が昭和四八年一〇月一八日に発生し、翌四九年七月頃検察庁が不起訴裁定をなしたものであること、更に、本年一〇月一八日には公訴時効の成立をむかえようとしているのであるから、この時点で起訴されることは到底考えられないことからして、明白である。

従つて、刑訴第四七条本文においていう公開禁止の目的は、本件の場合考慮に値しないと言つて過言ではない。

2 右の趣旨との関連で、同条但書の要件が検討されなければならない。

この点について、小野ら前掲書は「他の裁判所の証拠決定、取寄決定等に基く開示の要求で急を要するものは、おおむね公益上の必要にあたると解される」とし、京都地決昭四〇・三・三〇、訟務月報一一、六、八七七は「民事訴訟において真実発見のため不起訴記録を証拠として取調べる必要のあるときには、捜査の秘密保持、関係人の名誉保護等の特別事由がないかぎり、公開が許される。」としている。

このように、民事訴訟の証拠として用いることは、訴訟における真実発見という最も公益性の高い事由に該当することも、改めて言うまでもない。

3 次で原決定は、同条但書の「相当性」の判断をなす者は文書の保管者であるとし、これに基いて、提出命令を却下した。これに賛同する見解もある(前掲小野らなど)。

なるほど、刑訴第四七条それ自体の解釈としては原決定の解釈も一応是認できる。しかしながら、刑訴第四七条は、訴訟記録の公開を禁じた一般規定であり、民訴第三一二条は、民事訴訟という特別の場合における文書の提出の可否を決定するのであるから、刑訴第四七条に対しては民訴第三一二条は特別規定と解されるところ民訴第三一二条の提出命令に当つて、相当性即ち、文書提出によつて得られる真実発見の利益と、文書提出によつて失われる個人、団体の秘密や公共の利益との比較衡量は、提出命令を発する裁判所がそれを判断するとするのが最近の裁判例である(いわゆる家永訴訟に関する東京高裁昭四四・一〇・一五の二つの決定判時、五七三号二〇頁以下、自衛隊機墜落訴訟に関する東京高裁昭五〇・八・七決定判時七九六号五八頁、伊方原子力発電所設置許可取消訴訟に関する高松高裁昭五〇・七・一七決定、判時七八六号三頁参照)。

本件は、国が、一国民を相手として損害賠償を請求する事案であり、それゆえ、「国は正義を実現し、国民を庇護すべき立場にあるのであるから民事訴訟の当事者になつた場合でも、通常の当事者と異なり、事件の解明に役立つ資料は進んで全部提出し、真実の発見に協力すべく、……従つて、法律関係文書もよほど重大な公共の利益を害する場合でなければ、その提出を拒むことは許されない」と述べて提出命令を認めた前掲東京高裁昭五〇・八・七決定は、そのまま本件にも妥当する。

よつて、原決定の判断は不当である。 以上

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